「この世をば わが世とぞ思う望月の 欠けたることの なしと思えば」
という歌を詠み、天下を取ったと高笑いしていた、平安時代の摂政関白
太政大臣・藤原道長。4人の娘が天皇の后なのだから、高笑いもしたくなる
だろう。
だがこの人、「かちのやまひ」だった。1日中喉が渇き、絶えず水を飲んで
いたという。典型的な糖尿病の症状で、別名「飲水病」とも言われていた。
体が痩せて体力がなくなり、昼間でも目が見えなくなったとある。糖尿病が
進行し、合併症が現われたのだろう。最後は全身が震え、背中に腫れ物が
できて苦しんだ。細菌に感染して高熱を発し、敗血症で死んだのか、癌だった
のかはわからないが、父親の苦しみに満ちた死に様を見た頼道は、平安なる
死を願って、宇治に平等院を建立したとも言われている。
源氏物語の作者・紫式部は、道長を「まるまると太っていた」と書いて
いる。内臓脂肪型肥満(メタボリック症候群)だったのだろう。それで
運動不足の状態で酒宴ばかり開いていたら、そりゃ長生き出来ないよ。